お侍様 小劇場

   “以心伝心のある風景” (お侍 番外編 38)
 


今年もまた、今のところは所謂“暖冬”であるらしく。
各地のスキー場の大半が、充分な積雪を見ないまま、
閑古鳥が鳴いているか、人工降雪機に頼っているとのことで。

【ですが、クリスマスの晩には寒気がやって来ますから。】

日本海側ではクリスマス前後にまとまった雪も降るとのこと。
そういえば、昨日一昨日から急に冷え込みましたものねと。
朝の時計代わりにと点けていたTVのモーニングショー、
天気予報士と女性キャスターとの掛け合いがそんな風に結ばれて。
確かに、まだまだそれほど大層な防寒具は要らなかったものが、
この数日ほど、日没後に帰宅する身には、
ブルゾンや風しか避けぬコート程度では首条や手元が寒い。
ついついマフラーや手套が要るぞと感じるほどの、
風がなくとも しんしんと寒い、いかにも冬めいた冷え込みようであり。
昨日の朝からはとうとうおっ母様が宣言をしたほど。

 『お二人とも、
  陽が暮れてからのことも考えての装備で出掛けてくださいませよ?』

今は、というか此処は、そんな寒さなど及びもつかない暖かな空間。
清潔な白い明るさで満たされたキッチンには、
暖かな湯気と芳しい香り。
だし巻き玉子やジャガ芋とタマネギのお味噌汁、
ツバスの塩焼きにブロッコリーサラダ。
昨夜の残りを温め直した筑前煮に、
つやっつやに輝く炊きたてご飯の甘やかな匂いも加わった、
いかにも健やかな朝の景色を醸しており。
準備万端ととのったダイニングから、
リビングで天気予報を確認していた家人らを迎えにと、
わざわざその足を運んだおっ母様だったのだが。

 “…あらまあvv”

薄型大画面テレビの方を向いたソファーの背もたれの上、
微妙に高さの違う、色合いもそれぞれに濃淡の差がある、二つの頭が望めて。
ややうねった濃色の髪の主の、やや離れたところに覗くもう片やは、
大窓から差し入る陽を浴びて、
ますますのこと淡さを増してる金の髪がふわふかの綿毛。
そんな綿毛頭の主が、気のせいでなければ…すぐお隣りの精悍な肩の持ち主様の側へ、
そろりそろりと慎重に、その位置を近づけているような。
まるで、あんまり素直には甘えない、気位の高いお猫様が、
されど相手が寝ているならばと、
気づかれぬうち こっそり擦り寄って甘えてしまおうとしている、
そんな間合いへ丁度来合わせたようなタイミング。

 “これは…いかがしたものか。”

父親代わりの勘兵衛からは、声を掛けられ構われるのへも、
ちらりんと目線を投げるくらいの無愛想で通す次男坊。
本当は、その野趣にあふれた男らしさを慕わしく思ってもいように。
もう高校生なんだからとでも言いたいか。
微笑ましいことよという笑みを向けられようものならば、
口唇咬んでのうにむにと、
困ったように戸惑うように、視線を泳がせてしまうことが多くって。
それがあんな様子ということは、
後ろからだと頬杖をついてる手元くらいしか見えないが、

 “もしかして…。”

勘兵衛様、もしやうたた寝なさっておいでか?
それでの隙をつくように、
起こさぬようにと気を張って、
そろそろそろりと近づこうとしてみている久蔵殿だというのなら。
わわわ、これはどうしたものか。
せっかくの触れ合いだってのに、邪魔をしちゃあ つや消しもいいトコ。
とはいうものの、そろそろ食事にかかってもほしい。
せっかく美味しいようにと暖まってるあれやこれや、
冷めさせてしまうのも何だか忍びないような?

 “いやいや、ここはこっちが優先でしょうvv”

朝っぱらからうたた寝するのも無理はないほど、
年も押し詰まって来たのにどう合わせてだか、このところ連日帰りの遅い御主だから。
早寝の次男坊、ともすりゃ翌朝まで逢うこと適わずの日が続いてもいる。
なので、こんな機会はいくらでも持たせてあげたい。
久蔵殿の方は試験休み中で、剣道部のトレーニングへという登校だし、
そんなに急かす必要もなしと…、

 “〜〜〜。/////////

何でだろうか、胸元へと引き寄せた拳を妙に握ってしまった七郎次であり。
そんなおっ母様からの、何でか“頑張れ!”と気色ばんでる視線の先では、

 「……島田。」
 「なんだ。」
 「シチへの贈り物。」
 「ああ。今宵、店へと取りに行く。言われておった髪どめもな。」
 「そか…。/////////

そんな秘やかなやり取りが、とんでもなくの小声にて取り交わされていたりして。
ネット検索でカタログを漁りまくって。
淡いブルーアメジストが嵌まったシルバー仕立てのバレッタをと、
おっ母様への贈り物にと決めたのが、
部活に行くと見せかけての実は、
学校のある街の 一駅手前の駅前の、オープンカフェでのバイトを始めた日。
昼の部では飲み物と軽食オンリーの店なので、
さほどに面倒もなくの、寡黙な彼にも何とか勤まったらしく。
いよいよ今宵、そやって貯めた軍資金にて待望の贈り物が手に入る。

 「…♪」

御機嫌になったそのまま、というか…照れ隠しだろうか、
白いおでこや頬、近寄ったそのままこちらの懐ろに擦り寄せて来る彼なのが、
確かに滅多にはない甘えようであり。
それへとつつかれ ついつい教えたくなる背後の気配、
何とかぐぐっと堪えた父上だったりし。

 “もしかせんでも、向こうは向こうで…。”

何と微笑ましい光景かなんて、いいように誤解しているのかもで。
どちら様にも幸せいっぱいな、クリスマスイブの朝でございますvv





   ◇◇◇



とて、その日の陽も暮れ、クリスマス・イブの夕べがやって来て。

 「♪♪♪」

おっ母様の方もまた、家人へのプレゼントは何とか用意しておいで。
勘兵衛様へはオニキスのカフスを、
久蔵殿へは腕まくり用のシルバーのアームバンドをと。
こっそりQ街まで出て買い求め、揃えておいた七郎次であり。
しかも勿論、夕餉のメニューも頑張った。
ジューシーになるよう、下味を吸うよう、
蜂蜜を薄く塗り込んでおいて、〆めはオーブンで仕上げた若鷄のローストに、
タラバガニたっぷりで、衣はカリカリに揚がったクリームコロッケ。
牛のそぼろを あまから肉味噌にと炒め煮たのは、
瑞々しいレタスでくるんで召し上がれ。
アイナメのカルパッチョは、何とお隣の五郎兵衛さんが釣って来たのを頂いたもので、
何だったら夕食を一緒にどうですかとお誘いしたが、
これから平八さんと夜景の綺麗なレストランへ出掛けるとのこと。
ありゃりゃ それはお邪魔をいたしましてと、
見送った七郎次をキッチンから呼んだのが。
これだけは外せない、
エビと百合根とギンナンたっぷりの茶わん蒸しを蒸していた、
聖篭の脇に置いてたタイマーのベルだったりし。
サラダは千切り野菜を塩でしめて、オーロラソースで和えたコールスロー。
それとは別の温野菜、
ポトフ風にと豚のバラ肉やベーコンと一緒にコンソメで煮込んだのが、
甘いの厳選したキャベツのぶつ切り。
芯を外さずの結構大きい櫛形に切り分けたのが、
肉の旨みを吸っての、じゅんわり やらかく煮えていて、
丁度いい大きさまで縮んでる。
ケーキは商店街のラフティで買ったものだが、
緋色が可憐なカシスのムースは自家製で、

「そうそう、勘兵衛様。」

今宵はさすがに…役員の方々もプライベートを優先してだろか、
秘書室長の勘兵衛までもが早く帰れた晩であり。
コートやマフラー、脱ぐのを手伝う傍ら、
つい先刻、目にしたばかりの武勇伝をば報告する。

「商店街の福引で、久蔵殿がまたまた張り切ってくれましてね。」
「ほほぉ。」

昨年のそれは…くじ運がいいやら悪いやら、微妙な結果だった次男坊。
今年も結構な枚数の引替券が手元にあったので、
お買い物へと付き合って、一緒にいたのをいいことに、
またまた挑戦してみますか?と、
クリスマス&歳末大売り出しの福引に、ひとり頑張っていただいたところが、

「今年も、ビール2箱とお米が3袋。
 あと、アイスクリームの詰め合わせと、冷凍の飲茶セットを引き当てまして。」

本場中華街の有名店のシュウマイやらギョウザやら、
小さな肉まんは小龍包でしょか。
美味しそうなの、当ててくれまして。

 「そっちはお正月にでもいただきましょうねvv」

おせちとは別のオードブルに使いましょと。
今からもうそんな腹積もりが飛び出すところへ苦笑を向けて、
暖かなセーターとゆったりしたパンツという ざっかけないいで立ちをまとい、
さてとリビングへ戻った勘兵衛だったが。

 「…久蔵殿?」

丁度朝方の光景を彷彿とさせるよに、
テレビに向かってソファーにかけてた次男坊へと。
今度は今朝と違い、声を掛けていた七郎次。

 「?」
 「な〜にじゃありません。どしましたか?」

今日は彼のほうもまた早く帰って来たのでと、
一緒にお買い物へとで掛けた頃合いや、そのあとの夕食の支度の間とか。
特に変わった様子はなかったはずが、

 「口数が少ないじゃないですか。それに随分と覇気がないし。」
 「……シチ。」

そんなことはないじゃあありません。アタシの目は誤魔化されやしませんからねと。
肘掛けのところを回り込んでの、前へと回り、
たじろぎ気味な次男坊の、すぐの間際に並ぶようにして腰を下ろしつつ、
綺麗な白い手がおでこへと添わされる。そんな様子を眺めやり、

 “…口数が少ない?”

勘兵衛様、皆さんを代表してのリピートをありがとうございます。
(苦笑)
日頃からの無口と一体どこがどう違ったものか、
一般人には区別が難しいところながら。
おっ母様におかれましては…お顔さえ見えない後ろ姿を目にしただけで、
覇気の無さやら口数の少なさやらが、そりゃああっさりと拾えるらしい。

 「風邪ですかねぇ。熱はないみたいですけれど。」
 「〜〜〜〜。」

優しいお手々は気持ちがいいが、
案じてもらうようなことはないのにと思うてか。
ちょっぴり及び腰なお顔になったのは、そんな気配だとさすがに察せられた勘兵衛様が、
そんな視線をそのままテレビの方へと向けたれば。
定時のニュースが今しも終わりかけていて、
北の方だろ、降りしきる雪の晩の風景が、
随分と高いところからの見下ろし望遠で撮影されている。
そういや今朝方の話題にも、
暖冬の節目になるものか、明日の晩あたりにはやっと、
この辺りへも冬らしい冷え込みが訪れるだのどうだの。
そんな話が出てはなかったか?

 「…そうか。」

今でこそ、戸惑い気味のお顔をやや仰向けて、
おっ母様の言いなり、構われるままになっている次男坊の様子を見るに。
そうまで寒くなられては困ると思うての憂鬱だというのなら、

 「大方、スキー学習へ行きたくないと、そんなことを思うておったのだろうよ。」

こちら様は真っ直ぐ歩み寄って来てのソファーの背もたれ越し。
どーれ、お口を開いてごらんとまで言い出し掛けてる七郎次と、
暖かい手で頬や顎を支えられ、大好きなお顔に覗き込まれるという思わぬ幸いに、
ドキドキしつつ頬を染めてた次男坊とへ、
それは即妙な答えをかざした勘兵衛様だったりし。
途端に、

 「〜〜〜っ。/////////
 「おや。」

たちまち肩をすぼめたということは、図星ではあったらしいが……。

 「でも、それって年が明けてからの話ですよね。それに…。」

久蔵殿はスキーが得意じゃありませんかと、七郎次としてはそんな指摘が腑に落ちない。
木曽のお屋敷に招かれていた折の冬場には、
近場のスキー場まで共に運んでの、見事な直滑降を見せてもらった覚えもある。
あれって確か小学生のころから既にマスターしてらしたのに、
何でまた、そんな…行きたくないだなんてと。
そこのところが理屈に合わないと感じた、七郎次であったらしいが、

 「…出来るから もういい。」
 「???」

むうと膨れる彼の言いようが、日頃のツーカーぶりはどこへやら、
おっ母様には読み取れないらしくって。
膨れたついでの不貞腐れ、
ぱふんと頬を埋めたのが、間近になってた母上の懐ろ。

 「久蔵殿?」

大事ないならそれはいいとして、
じゃあ何をまた、そのように不貞ておいでかと、
カナリアみたいにひょこり、小首を傾げた七郎次へと、

 「要は、剣道部の練習と同じことよ。」

背もたれの上辺へと肘を乗せ、
身を寄せ合う母子を間近に見つつの、説明を紡ぐ御主であり。

 「もう十分にこなせることだ。
  だから、わざわざ何泊かしてという合宿旅行になぞ行く必要はないと。
  そうと思っての不貞ておるのよ。」
 「…おやまあ。」

それに、暖冬で雪が降らぬと、
どこのスキー場も開店休業状態だった今朝までは、さして脅威ではなかったものが。
この急な冷えようでは、
どこのゲレンデも相前後して滑走可能となること請け合いだから。

 「それが腹立たしゅうての不機嫌だっただけのこと。」

相変わらずに、おっ母様から遠く離れての行動が疎ましいらしい次男坊。
そちらから推量すればどんな奇行でも容易く解ける、
案外と単純坊やなこと、再認識した父上へ、

 「〜〜〜〜〜〜っ。」

母上の懐ろに伏せたお顔のその陰で、
余計なことを〜〜〜っと、赤玻璃の目許をついついきつく眇めた次男坊だったが。

 「…それじゃあ、アタシも参りましょうか?」
 「???〜?/////////
 「おいおい、七郎次。」

ですから、昨年と同じでしたら御殿場ですから、
だったら駿河の宗家系列の、確か山荘があったはず。
アタシはあくまでもそこへ行くということで…なんてこと、
算段しているおっ母様だったりし。

 “…おやつは500円までですが、バナナはおやつに入りません、か?”

その例えもどうかと思うぞ、勘兵衛様。
(苦笑)
甘えん坊な次男の上ゆく おっ母様だったと、再確認したようなもの。
これは…いっそのこと雪が降らずの中止となってくれた方が、
むしろ八方丸く収まるのかもと。
結果として、次男坊と同じところに帰着をし、
曇天の雲の上にて見えぬ星々へ、こそりお願いしている御主だったりするのであった。




   なにはともあれ 
Merry Christmas!



  〜どさくさ・どっとはらい〜 08.12.24.


 *う〜ん、おかしい。
  当初は、雪が降らないニュースを見ていて微妙にほくそ笑んだ次男坊へ、

  「久蔵殿、いけません。」
  「………すまぬ。//////

  そんな短すぎる会話(?)でもって、

  「雪が降らぬ方がいいと喜んだ久蔵へ、
   雪が降ってこそのお仕事のあるお人もいる、雪解け水が要りような作物もある。
   なのに、降らぬようにと望むなんていけませんと、
   叱ったシチとそれを悔いたキュウゾウだったと…。」
  「何で判るんですよ、勘兵衛さんも。」

  そうか、父上もしっかりと以心伝心の一員か、成程なーと、
  ヘイさんが呆れる…というよな話を予定していたんですが。
  ……どこでこうも捩れたんだろ。
  クリスマス・マジックってか?
(おいこら)

 *ちなみに、久蔵殿から勘兵衛様へは、
  残業が続くと鉄板のように堅くなる肩へのマッサージ券10枚綴り。
  勘兵衛様から久蔵殿へは、
  K・徹氏の、も少し若いころに出したエッセイCD2枚組。
  仲いいんですもの、ちゃんと用意してます、はいvv


めるふぉvv
めるふぉ 置きましたvv

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